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「国宝 鳥獣人物戯画と変造紙幣の関係」詳しすぎる、辻井輝幸の京都随想記

辻井 輝幸

第五回「国宝 鳥獣人物戯画と変造紙幣の関係」

皆さんは(国宝)鳥獣人物戯画をご存知ですか?そう、カエルがウサギを投げているあの有名な絵が含まれている絵巻物で、世界遺産の高山寺に所蔵されていました。言わば、日本のマンガのルーツでしょうか。

私は数年前に京都国立博物館で実物を見ました。開場30分前に行ったのですが、確か90分待ちで入場制限もありました。絵巻物を見た後、子供もお年寄りもみんな笑顔になっていたのが印象に残っています。

 

鳥獣人物戯画には謎がありました。絵巻のストーリーが途中でぷっつりと途切れて、変わってしまうという事や、また違ったタッチになっているという事です。こういう絵巻物は60cmくらいの長さの紙を継いで長い絵巻物にするようです。しかし、糊は100年くらいで効力を失って絵巻物はバラバラになっていきます。ですから100年ごとくらいに表具直しをしなければなりません。

でも、ここで言いたいのは最近、丙巻(前半に人間戯画、後半に動物戯画が描かれています)の部分で、ある発見がありました。それは、動物戯画にあった汚れのような跡が人間戯画の烏帽子の墨跡と紙を反転させた位置に一致したのです。

つまり、もともと1枚の長い紙の裏表に人間と動物を書いていたものを、後世の人間が薄く剥いで、表と裏に分けて一本の絵巻物にして裏表を同時に見られるようにしたという事です。この技術を「相剥ぎ(あいへぎ)」というそうです。まさに紙技、イヤ違った神技です。

 

今から30年ほど前、私はニセ札について書かれた本を読んでいました。その本に「ある両替機に変造紙幣が見つかりました」と。その変造紙幣は1万円札を薄く剥いで表面(おもてめん)と裏面(うらめん)との2枚に分けて(当然、裏紙を貼っているでしょうけど)、1000円札20枚を引き出されていた。」というのです。引き出されたのが2万で、コストが1万円なので差し引き1万円を詐取されたということですね。そう、これは「鳥獣人物戯画」に使われた「相剥ぎ」の技です。

本やネットでも紹介されているので、書いてもいいかなと思いますが、日本の紙幣の印刷に使われているのは、磁性インク(磁気を持ったインク)で、両替機や自動販売機などには磁気センサーが装備されていて、紙幣の磁気の波形を読み取って、本物の紙幣かどうかを判断しています。

それで思い出したのは、そのニセ札の本を読む何年か前に私はある経験をしていました。ある駅で時々、私は1万円札を1000円札10枚に両替をしており、ある時、両替機の前に「肖像面を上にして入れてください。」という張り紙があったのです。それまでは、どちらの面を上にしてもかまわなかったのですが・・・。まぁ、利用上は特に問題はないので、その時は深くは考えずに気にもしませんでした。でも、その張り紙は何か月も(ひょっとしたら、半年以上も)、貼られたままで「故障を直さないのかな?」と少し違和感を持ったのを憶えています。

そのニセ札の本を読んだ時に理解できました(あくまで、私の勝手な推測ですけど)。両替機に装備されている紙幣の磁気波形を読み取る磁気センサーは(コストを削減するため)片面だけにつけられていて、表面(おもてめん)の磁気波形、裏面(うらめん)の磁気波形のどちらかが一致した時に、本物の紙幣と判断していたと考えられます。

ところが、なんと1枚の1万円札を表と裏の2枚に剥いだものが発見されたのです。それでその対処法として磁気センサーの設定を書き換え、片面側のみOKとして、反対側の磁気波形は無視するということにしたのでしょう。両替機や自動販売機の設計者はまさか、そんなことができるとは考えてもいなかったと思います。

両替機や自動販売機を改修するのには時間がかかるので、片面のみの磁気波形で本物かどうか判断するようにソフトを変えたのです。
皆さんは「いいことを聞いた。」という事でお札をカミソリで薄く剥ごうとしないでくださいね。今の両替機や自動販売機は(たぶん)両面ともセンサーが読むようになっていますから(って、そんなことは普通の人にはできないか)。

 

ここで考えるに、仮に100万円の価値のある「西郷隆盛の書」があるとします。西洋画や日本画では紙やキャンバスの上に絵の具をのせますが、書は和紙の裏まで墨が浸み込んでいます。という事は表側と裏側の2枚に分ければ、本物が2枚できますね。もとは100万円の書1枚だったのが、100万円の書2枚になるということで・・・。
す。恐るべし、職人さんの技。

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辻井 輝幸

辻井 輝幸

【京都観光ガイド】1956年、京都市下京区の生まれ。京都産業大学経済学部卒。子供の頃の遊び場は東本願寺と西本願寺。京都の事なら、何でも興味あり。得意分野は「美術(絵画)・建築(昭和初期以前)・天文(歴史関連)」、趣味は「歩くこと(1日に4万歩以上歩くことも)」、資格は「京都観光文化検定1級・茶道文化検定2級を所持」
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