京都市は中京区、錦市場のすぐ近くの一等地に缶詰の工場があることをご存知でしたか?知っているという方も、入った事があるという方は少ないのではないでしょうか?
今回はそんな意外な会社、株式会社カンブライトの代表、井上和馬さんにお話を伺ってきました。
農家から企業、大学まで幅広く
―ここで缶詰を作って販売してらっしゃるんですか?
はい。皆さん驚かれますがここがうちの工場です。ただし販売はもうほとんどしていません。
基本的には自分たちがメーカーとしてオリジナル商品を作っていくというよりかはコンサルティング会社のような立ち位置です。「缶詰の商品開発をしてみたい!」というクライアントのための力になるお手伝いをしています。
―どのようなお客さんが多いですか?
企業さんから農家さんまで様々で今日は大学との打ち合わせもありましたよ。
ここには毎日本当にいろんな方が出入りしています。
お客さんはやはり西日本の方が多いですが、最近では他の地域からも問い合わせがあります。ホームページを新しくしてからは東京からの連絡も多いですね。
立ち上げ当初は日本の農家、一次生産者の方の収入を安定させる仕組みを作らないと10年後20年後に日本の食材は日本の食卓から姿を消すのではないかと思い、そうした方がターゲットでした。
無駄なく、リスクも最小限
実は缶詰って気軽に作れないんですよ。缶詰をやりたいなと思って工場に電話しても「最低でも何万ロットからでないと受けられません」という風に、冷たく言われてあしらわれてしまうことが大半です。予算がないと相手にもしてもらえないんです。
そこで、うちは小ロットでの缶詰生産を可能にしました。在庫を抱えずに無駄なく開発が出来るんですよ。販売スペースもありますが、あくまでもラボとしてやっています。
―なるほど、量産でなく開発というわけですね。
もともと大きな企業などは最初から「きっとこれが売れるだろう」というような見通しを立てて商品を開発するんですね。あとはそれを確かめる作業です。
しかし僕たちは「何が売れるか分からない」というのが大前提です。そうした状況でいきなり大きな工場で何万ロットも商品を作るのは怖い。リスクがありすぎる。
でもカンブライトに来てもらえれば最低でも3商品から5商品、多いと7商品くらいを小規模で作ることが出来ます。その中でお客さんの意見をフィードバックしながら商品を選定していき評判の良かったものを少しずつブラッシュアップを重ねます。2回3回ほどテスト販売を繰り返せば正解が見えてきます。そこで初めて量産化していく。色々試した中で一番お客さんに反応が良いものを作ろうという方法で商品を作ることが低予算で出来ます。
―そこで味を調整すると。
できる限りたくさんの商品を作ります。量ではなく種類を。試作だけなら1日で10パターンくらいは平気で作りますよ。色んな味付けを思いついたもの全部一通りはやります。とりあえず現物を作ってしまえば展示会とかでも盛り上がりますし。やはり食べてみないと分かりませんから。
そしてもう一つ大事なのはコストの調整です。
開発が完了すると量産に移るわけですが、1000個や2000個を作る時はひとつでも複雑な工程が入るとそれだけで製造単価が一気にあがってしまうんですね。
食材のメインは大概決まっているので、生産工程を試行錯誤します。なのでテスト販売のための製造でもありますが、テスト製造でもあるんですよ。うちで100、200の数を作ると大量生産のスケールが掴めてくるので、そこで初めて「これなら採算が取れる」という判断を下せます。
前職はシステムエンジニア
さらには企画の段階で売れるシステムを提案しています。
大きいところだと「これをこうして、こう作ってください」と依頼を受けてその通りつくって終わりですが、カンブライトはそうじゃないんです。
誰がどういうストーリーで買うのかという流れのイメージがないと、いくら作っても売れないんですよ。例えばパッケージだって単に綺麗にすれば売れるとは限らないですし。
「どこで売るか」「どう売るか」「どういう人達に」「どういう気持ちのフックをかけるか」ということをよく話しますね。大量生産でないと単価コストはどうしても上がってしまいます。スーパーで売っているような200円、300円の缶詰は1日何万缶と作っているので。
ああいう商品は魚なら船で運ばれてきたもの丸ごと買って、それを1日に何万トンも加工しているからその値段が可能なんですよ。小ロットだと安くてもひとつ600円700円もっと高級な食材を使うと1000円してもおかしくない。でも1000円の缶詰が普通の食品コーナーに並んでいても売れないじゃないですか。だったらいっそ別のジャンルの商品として、これまでに無い新しい価値を提供しないと売れないんです。そういった「売れるシステム」を提供しています。
―なるほど。お客さんが商品を手に取る仕組みを設計すると。
前職がシステム屋なので。15年間ソフトウェア開発に携わっていたのでどうしても仕組みそのものを考えてしまいます。
このラボの立地も実はそうで、お客さんの導線を意識しています。たとえば京都駅から1時間とか2時間かけないと来れないような場所にポツンとあっても仕方ないと思ったので。でもここなら遠方からの打ち合わせもしやすい。何かのついでに立ち寄ることが可能だし、もっと言えば何かのついでに見つけてもらうことが出来る。
こんな街中に缶詰を作れるところがある、というのは珍しいので印象に残ります。
―たしかに。
間取りも良いんです。変な形をしていますが、この形が逆に良い。表に並んだ缶詰を見てふらっと立ち寄って、奥まで見るとまさかそこに工場があるとは思わないじゃないですか。そこにフックがあるというか。しかも家賃は安い。錦市場の中にあったりすると数倍になってしまうので。
ロケハンしていたテレビのディレクターがちょうど今まさに言ったような流れで興味をもってくれて「ここにタレントが来て実際に何か作ることは可能ですか?」と、その場で取材が決定しました。これが一番最初のテレビ取材でしたね。
―「京都」というのも何か仕掛けがあるのですか?
これはブランディングとしてです。僕は生まれも育ちも大阪で京都には何のゆかりもありません(笑) でも京都に会社を構えることをずっと決めていました。「メイド・イン・京都」というブランドが欲しかったんです。これで海外の富裕層にもアプロ―チしやすいからです。
日本の食材を応援したいという想いがあるので海外の食品を扱うことをまだ当分は考えていませんが、日本の食材や食事を輸出することは視野に入れています。
日本で何の変哲もない煮付けの缶詰を1000円で売っても到底売れませんが、海外なら売れると思います。日本食を高く評価してくれている外国人や、海外赴任している日本人などは価値を見出して重宝してくれるのではないかなと。調理の技術や食の文化をまるごと缶詰にするような感覚です。そういう仕組みを作っていきたいです。
―あくまでも主役は食材や食品にあると。
そうですね。カンブライトは開発に特化しているので、僕たちが商品を販売することはありません。開発のためのテスト販売はおこないますが、その後は自由にというスタンスです。売れないなら一緒に考えるけれど、売りたければ別の場所でもどんどん売って構わない。むしろ僕らよりも売るプロが手掛けた方が効率が良い。
最初は自分たちの商品で実績を作ってからこのコンサル事業に移りたかったのですが、経験もないのに商品が売れるほど甘い世界では無かったので。
そこで最初から自分の培ってきた得意分野に絞りました。誰よりも明らかに飛び抜けている領域を活かしてビジネスを始めようというと。システムがだけに特化した会社にした方が僕のやる意味がはっきりしているので。
―経営方針の思い切り、舵のとりかたも効率的というか合理的ですね。
「どうして突然食品業界に?」と前職の知り合いからは驚かれることもありますが、こうして詳しい話をするとみんな納得してくれます。考え方は変わらないので。
あとは開発とそのシステム化に専念して販売をしないということは、他の売り場と戦う必要もないんですよ。競争を避けて日本の食品全体が身内、というようになると面白いかなと思っています。日本の食材を残すこと、海外にも届けることが僕の目的なので。
―ゆくゆくはシステム自体を海外に、なんてことも?
はい。まずは国内ですが、ここではキャパが足りないので拡大しようと検討中です。
そこでもITの発想は活きています。
どこのクライアントも大抵は同じような事で悩んでいるので、ある程度の疑問や悩みを解消できる動画をいま用意しています。なるべく効率化していきたいので。
求めてくれる人は沢山いるので、そこに応えることが出来たらなと思います。
―なるほど、意外なお話ばかりで大変興味深かったです。ありがとうございました。
IT畑の井上さんの手掛ける缶詰。
システム化、と耳にすると多くの方は人の手から離れた冷たく無機質な印象を持つかもしれません。しかしその実は日本の食に対する熱意が込められていました。
缶詰は常温で約3年持ちますが、このカンブライトの想いは高温でそれ以上――10年、20年、さらにその先へと続くことになるでしょう。
株式会社カンブライト
代表取締役:井上 和馬
公式サイト:https://canbright.co.jp/
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