旅と読書。
世の中には、読書を目的とした旅をする人たちがいる。
どこかで、本を読む。その為だけに、見知らぬ土地を訪れる。
本を携えて。
京都駅で地下鉄に乗って、北大路駅で下車する。
そこから、西に向かって20分ほど歩いてゆく。
佛教大学に到る坂と言えば、わかりやすいだろうか。
しばらくすると、閑静な住宅地の一角に、船岡山への入り口が現れる。
この山の西北部一帯は、船岡山公園と呼ばれている。
ここで、わたしは本を読む。
街の喧騒を忘れて、ひとりだけの時間を求めて。
いつしか周りは緑に覆われ、空気も風も冷たく澄んだものに変わっていた。
山の麓では、子どもたちが遊んでいたり、
トランペットの練習が行われていて、賑やかなものだ。
船岡山の頂上までは、約15分かかる。
頂上からの見晴らしはとても良く、京都の街を一望できる。
だが、わたしの目的は読書である。
頂上のベンチに先客がいなければ、わたしはここで漫画を読む。
静かに、ひとりで。
冷たい冬の風を浴びながら、ベンチに腰掛けて。
カッコつけてなんか、いない。
栗山ミヅキという漫画家がいる。
彼の代表作は、「保安官エヴァンスの嘘」というコメディ。
暴力こそが掟だった時代。
犯罪者が大手を振って歩き、賞金稼ぎが職業として成立している荒野。
無敗の保安官エルモア・エヴァンスは、今日も正義の為に戦う。
「なんであいつ(悪い賞金稼ぎ)の方がモテるんだよ!!!」
硬派気取りなのに内心モテたくて仕方ない男エヴァンスと、純愛に憧れるモンスター生娘オークレイ。
ふたりの距離は、少しずつ縮まってゆくが……。
優れた連作短編集のような漫画で、どこから読んでも面白くて笑える。
登場人物たちのバカで可愛らしい意地のぶつかり合いと、それが裏目に出てしまう愚かさと、震えるほどピュアで切ないときめきがストレートに描かれていて、かつて少年少女だった我が身を振り返ってしまうほどリアルだ。
それに、おバカでゲスくてカッコつけのエヴァンスと、乙女心をこじらせたオークレイの距離が近づいていく過程が微笑ましくて、応援したくなる。
恋が少しずつ成就する時の、あのいいようのない多幸感を追体験させてくれる素敵な漫画である。
かといって、ベタでラブい雰囲気の話ばかりが続くわけでなく、要所ごとに捻りを加えることで「次のページで何が起きるのか」を予測しづらくさせていて、ストーリー・テリングの確かさも感じさせてくれる。
また、西部劇をベースにしていることも、先を読ませない工夫とスパイスに貢献している。
シリーズものとはいえ、ひとつひとつの話で(基本的に)完結しているから、あまり引っ張ることもなく、スッキリした後味で読めるのも嬉しい。
かつて恋の駆け引きに悩んだ人たちも、これから悩む予定の人たちも、まだ予定がない人たちも、とりあえず笑ってみなくちゃ先に進めないよってことで、今年一発目にオススメする一冊だ。
それに、個人的に売れてほしい漫画のひとつというのもある。
寒空の下で、ひとりコメディを読む。なるべく明るくてハッピーなやつを。
たまには、こういうのも贅沢でいいと思う。旅をするのも、本を読むのも、明日を生きる為に重要なことだから。
明日、誰に出会っても笑顔でいられるように。
去年よりも昨日よりも、先に進められるように。
今日。
わたしは本を読む。


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