京都みなみ会館

【一時閉館】みなみ会館の思い出は語り尽くせないほどあるが語らずにはいられない 第4回(全4回)「みなみ会館」という学園祭の終わり

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京都みなみ会館の一時閉館までを追う「みなみ会館の思い出は語り尽くせないほどあるが語らずにはいられない」。
最終回となる今回は、高校時代から自転車で通ってきたmyd編集長の土井が語ります。

「みなみ会館」という学園祭の終わり

2018年の3月31日ほどエモかった日はない。ところは京都駅の南、その名そのまま「京都みなみ会館」が一時閉館したのだ。映画館が閉館したぐらいでそんな大げさなと思うかもしれないけれど、30歳に片足を掛けている自分の趣味趣向を作ったのはみなみ会館だと断言できるから、何か支柱を失った気すらする。

閉館日は多くの人がみなみ会館に訪れ、ぎりぎりまで残っていた。みんなも同じ気持ちだったのかな〜と思ったりする。こう、ぽこっと何かが失われたようなそんな気持ちを共有していたのかしらん。

 

祖母が亡くなったとき、霊柩車が去るのを親族のおじさんはいつまでも見つめていた。みんなが引き上げても一人そこに立っていつまでも見つめていた。あの時おじさんは何を思っていたのかとずっと不思議だったのだけれど、3月31日にそれがわかった。その人との思い出に浸り、記憶の大事なところにしまっていたのだ。

みなみ会館に通いだした高校生のころ、京都の北から南まで自転車で一時間ぐらいかけて通っていたのを僕も思い出す。京都の夏と冬は地獄なんて目じゃないくらいだけれど、季節お構いなしにペダルを漕いでいたなあと。京都は北から南へ向かって緩やかな下り坂になっているから、行きはかなり楽だった。

これから映画を観るんだというワクワクも相まって自転車がススムススム。ところが帰りがキツイ。何かの練習ですか?というぐらい漕いでいた。ジャコメッティのようにガリガリだったのはあの地獄のロードワークのおかげだったのだろうと中年太りの様相を見せ始めた腹を見て思う。

でもその帰りの一時間は映画を反芻する時間でもあった。「あのシーンはこういうことかな?」「あそこのシーンがたまらんかった」なんてことを考えて、映画との二人きりの時間を楽しんだ。高校生だからお金もない、恋愛も人生もそれほど経験していない、ないないづくしの吉幾三状態だったのに、あの時間は豊潤だった。大人になってからそれを味わってきただろうか?

 

みなみ会館に通いだしたのはそんな高校生時代だけれど、始めて行ったのは小学生のおわりか中学生のはじめぐらいだった。年齢は覚えていないけれど観に行こうとした映画は覚えている。「COWBOY BEBOP 天国の扉」だ。

この映画、一回目は観ずに帰った。上映時間に5分ぐらい遅れてみなみ会館に着き、チケットを買うまではしたけれど、怖気づいて帰っちゃったのだ。他のお客さんが既に上映室に入っているところに後から入るのが怖かったのかなあ。勿体ないことに帰っちゃった。

今でも、知らないバーに入るのはちょっと躊躇する。その時のビビリと基本は変わらない。そんなこんなで一回目は不戦敗。二回目は夜の回で観た。カウボーイビバップは夜が合うよなあとオッサンじみたことを思っていた少年だった。

 

それから高校生に上がってちょくちょく通うようになった。推薦で早めに大学が決まってからは、みんな受験勉強で忙しく、一人で暇なので浴びるほど通った。大学生になっても飽きずに通って、研究やら就職活動が忙しくなるまでは結構な頻度で通っていた。その頃何を観ていたかなあと思い出そうとしたけれど、結構忘れているから笑っちゃう。

思い出せるところでは「カフカ 田舎医者」と「頭山」の山村浩二作品はアニメ感のちゃぶ台をひっくり返された。「パプリカ」は同じ映画を何回も観るってことを始めてやった映画。「ジーニアス・パーティ」は確か上映期間のあとに深夜のアニメーションイベントでも上映していて、高校の友達を誘って観に行って真夜中に帰ったのが映画とリンクしていてエモだったなあ等々……。映画の思い出よりはみなみ会館とその周辺の思い出が深くて多い。

 

そう、みなみ会館はそれ自体が体験だった。「映画を観に行く」と言うよりか「みなみ会館に行く」と言うほうがしっくりくる。上映までぼんやりと待った長い廊下、一階パチンコ屋のアヤシイ感じ、帰る前に腹ごしらえのおにぎりを買ったローソン、秋の気持ちいい季節に散歩したみなみ会館すぐ前のお寺といった諸々を含めて「みなみ会館」という体験だった。

閉館日、名残惜しそうに夜中まで残っていた人達の姿が学園祭の終わりに被る。終わったのは分かっていて、帰らないといけないのも分かっていて、でもなんとなくその場でグダグダしていたい。そんな悪あがきを自分も含めたいい大人がしていたのが面白かった。最後にみなみ会館を見やったとき、あの日のおじさんの気持ちが分かった。ながいながい「みなみ会館」という学園祭が終わった。(一年ぐらいで復活するけどね)

京都みなみ会館の外観(夜)

別れを惜しむかのようにシャッターが降りた後もお客さんが残っていました。この建物はこの日でラストを迎えましたが、また別の場所で一年後の再開を目指されているとのことです。スタッフのみなさま、長きに渡り本当にありがとうございました。そして、一旦お疲れ様でした。またお会いしましょう。

最終日の様子

 

皆さんの思い出

この日は会場に足を運ばれたお客さんにも思い出を語っていただきました。

 

「大学入学で鳥取から京都に。知り合いもおらず、しばらくはここに一人で通っていました。すると、大学でオリエンテーション合宿があ理、そこで映画好きの子と出会いました。彼女も地方からやってきて、気の合う友達がなかなかできていなかったとうことで意気投合。それからは、みなみ会館のイベント等にも一緒に通いました。残念ながら今日は私一人だけですが、彼女は仕事で来られないことをとても残念がっていました」カネコ ミサさん

「月1回は観に来ています。(まだ大学二年生なので)ずっと通うつもりだったので、閉館と聞いたときは驚きとショックもありました。。ここで初めて観たのは”真白の恋”。映像もストーリーもとても綺麗で感動しました。後日DVDをレンタルして観たのですが、やはり映画館で観たときの感動を越えることはありませんでした。そしてここは知らない作品をたくさん知ることができる場所でもありました。なので、今日はありがとうございますという気持ちでいっぱいです。」ナツキさん

「10年以上前、まだ学生だった頃に一度来たことがあるのですが、閉館されると聞いて東京から来ました。全国的にミニシアターが減っているので、映画ファンとしてもとても寂しいです。ただ、またリニューアルして戻ってこられるとのことなので、その際はまた来ます!」ムラカミさん

「閉館と聞き15年ぶりに訪れました。面影も残っていて、ここだけでなく当時(学生時代)の記憶がたくさん蘇ってきました。青春の一ページなんだなという実感が湧き、少しセンチメンタルな気分になっています(笑)」トヨシマ カツヤさん

「就職と同時に地元京都を離れていたのですが、閉館と聞いて居ても立っても居られず帰省しました。思い出を話し出したら止まらないのですが……オールナイト公演明けに自転車で帰る時のペダルの重さが忘れられないです(笑)物心ついた頃からずっとあった場所なので、正直無くなってしまうという実感はまだありません。」ヤマグチさん

「今日は学生時代に活動していた映画サークル時代の友人と来ました。友人から閉館の知らせがLINEで送られて来て、行きたいねって話になりました。館内どこをとっても思い出話が尽きません。大人になってそれぞれが忙しくなり会う機会も減った中で、こうやってメンバーが集まるきっかけにもなるというのは、やっぱりここは大きな存在だったんだなと思います。本当に感謝しかありません。」キムラ アキヒロさん

 

京都みなみ会館

【公式サイト】http://kyoto-minamikaikan.jp/

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代表Clickan
京都でアプリとWebサービス開発をフリーランスでやりつつ、mydの代表をしています。週末は木屋町から祇園にかけてのワイガヤなお店に出没します。好きな言語はSwiftとC#。好きなお酒はサブマリン。以後お見知りおきを。
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